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三角山(さんかくやま)

三角山の写真
標高311 m
所在地北海道 札幌市 西区
座標43.05747, 141.28710
🗻 三角山を3D立体地図で見る 三角山周辺の衛星地図
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三角山の魅力・特徴

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三角山について

三角山(さんかくやま)は、北海道札幌市西区山の手にある標高311.3 mの山。

見る角度によって山体が三角形に見えることからその名が付けられた。アイヌ語名は、「発寒の小山」を意味する「ハチャムエプイ」。山頂には一等三角点があり、点名は「琴似山」となっている。

三角山には自然歩道(三角山~盤渓ルート)が整備されており、北側の山の手入り口と宮の森入り口、南側の小別沢入り口がある。山頂近くに四阿があり、いずれのルートもここ(四阿分岐点)を通る。山の手入り口には駐車場とトイレがある。

地元の年配者や幼稚園児にも親しまれている人気スポットでもある。近隣地区の小学校校歌にも歌われている。

ふみの日の7月23日には、山頂に臨時の郵便局が開設され、一等三角点の隣には「三角山ポスト」が置かれる。郵便物や山頂で発行される「記念登山証明書」には、三角山や山頂にある一等三角点と三角山に多く生息するキアゲハの入ったデザインの消印が押される。

札幌に北海道の首府を建設する際に、開拓使の判官島義勇が円山に登って、札幌市の市街化計画の構想を考えたといわれるが、そのとき登ったのは円山ではなく三角山だったのではないかという説がある。根拠は円山から眺める景観よりも、三角山からの方が、市街地の景観がより真っ直ぐな碁盤の目状に見えることである。

1908年(明治41年)に、東北帝国大学農科大学(後の北海道大学)の学生にスキーが伝えられると、学生たちは構内から近隣に足を伸ばし、三角山やナマコ山でスキーを行った。農科大学スキー部は、三角山にシルバーシャンツェというジャンプ台(シャンツェ)を作って、ここを札幌におけるスキージャンプの発祥の地とした。三角山には続くアルファーシャンツェ、改造されたシルバーシャンツェ、さらに札幌市が作った札幌シャンツェの三つのジャンプ台が設けられ、1920年代には札幌におけるスキー大会開催の中心地であった。

大正年間には、札幌神社(現北海道神宮)の境内林となり管理されるようになった。

1931年(昭和5年)に荒井山記念シャンツェ、翌年に大倉シャンツェ(大倉山ジャンプ競技場)が作られると、三角山は大会の中心地ではなくなった。が、一帯のゲレンデ(スキー場)の一つとして広くスキー愛好者に利用された。かつて札幌西高等学校は、この山でスキー学習を行い、北1条通が未整備の時代には、山から学校までノンストップでスキーで戻ってくることができた。なお、1950年代に山麓一帯の宅地化が進み、また後述する採石場に山体の一部を削られて、三角山のゲレンデは消滅した。

1945年(昭和20年)、第二次世界大戦後に境内林が整理される中で、三角山は国有地(大蔵省所管)となった。

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