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三原山(みはらやま)

三原山の写真
標高764 m
所在地東京都 大島町
座標34.72444, 139.39472
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三原山の魅力・特徴

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三原山について

三原山(みはらやま)は、東京都大島町の伊豆大島にある火山。最も高い峰は中央火口丘にある標高758mの三原新山で、伊豆大島の最高峰となっている。観光地として火口を周遊する遊歩道なども整備されている。

伊豆大島は玄武岩質マグマの噴出でできた成層火山で、島の中央にあるカルデラは幅2500m、長さ3200mのまゆ型で複数のカルデラ地形が複合していると考えられている。三原山は、そのカルデラ内の南西部に位置する中央火口丘(内輪山)である。

主に玄武岩質マグマスパター、スコリア、火山弾、火山灰の累積から形成されている。カルデラ床からの比高は最大約150m、底径約1.2kmで、径約800mの火口がある。火口内は1986年(昭和61年)に噴火した際の溶岩に埋められて、ほぼ平坦だがやや南部寄りに径約300m、深さ約200mの竪坑状火孔がある。この火孔は噴火時に溶岩で満たされるがその後、数年から十数年かけて次第に陥没し、ほぼ同じ規模の火孔が再生することがここ150年ほどの噴火で繰り返されている。

内輪山を形成するカルデラ壁の標高はおおよそ600-700mで、カルデラの外側の山腹には数多くの側火山が存在する。カルデラ床には溶岩流やスコリアや玄武岩溶岩が細かく砕けた砂が堆積している。

中央火口丘の西側の溶岩原は表砂漠、北東の泉津地区に広がる溶岩原は裏砂漠、その南方のものは奥山砂漠と呼ばれる。裏砂漠と表砂漠は火山性ガスの影響により、ほとんど植生のない黒いスコリアに覆われた荒涼とした風景が広がっている。一方、表砂漠は1950年−1951年の噴火以前は砂に覆われ、観光用ラクダが飼育されていたが、1951年に溶岩流に覆われて以降は溶岩の上に苔の植物が定着している。

伊豆大島では約2万年前から現在まで、100年ないし200年毎に合計100回前後の大噴火が起きたと考えられている。古くから島民は噴火を御神火、火山を御神火様と呼び敬ってきた。名前の「三原」は、出産のように溶岩や土石流を噴出することから、子宮や体内を表す「御腹(みはら)」から来ているとされる。古代の火山活動については六国史などに記述があるが、伊豆諸島の中で伊豆大島三原山の噴火と断定できるものはない。

伊豆大島の名が噴火記録に出てくるのは、竺仙録に「海中有一座山、名曰大島、毎年三百六十日、日々火出自燃」とあるのが最初で、1338年ごろの様子を記述したと考えられている。島内の元町地区にある薬師堂の祈祷札には、天文21年9月19日(1552年10月17日)に「御原ヨリ神火出テ同廿七日ノ夜半、江津ニ嶋ヲ焼出」という記録がある。これが噴火場所として「みはら」という名が出てくる最初の記録である。

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